日本コンタクトレンズ学会誌 巻頭言


(日本コンタクトレンズ学会 常任理事 糸井 素純)

2003年 2月

  近年,日本のコンタクトレンズ(CL)装用者は1,300万人を越えるといわれている。国民の約10人に1人がCLを装用するようになった。これは,使い捨てソフトCL(SCL),老視用CL,トーリックCL,つけおき洗浄,コールド消毒の登場により,これまでにCLを装用しなかった,あるいは,興味を示さなかった人達がCLの利便性に注目し,装用を始めるようになったためであろう。CLを販売する量販店,眼鏡店も急増し,CL装用開始年齢も低年齢化してきている。小学生,中学生でCLを装用しているものも少なくない。その一方で,CLによる眼障害も急増し,社会問題化している。本号でも植田喜一先生がCLによる眼障害を取り上げられ,大谷園子先生が順天堂大学のCL外来でのSCLによる眼障害について報告している。

 近年,屈折矯正手術が普及し,積極的に“近視を治す”とする考え方が徐々に浸透しているが,そこにオルソケラトロジーレンズという新しいCLの使用方法のレンズが登場した。オルソケラトロジーの近視矯正効果は完全に可逆的なものであるにもかかわらず,屈折矯正手術と同様に近視を治すことができる,と一部で誤解されており,これまでのCLとは違った新たな社会問題に発展するおそれがある。事実,オルソケラトロジーに対して数十万円の治療費を払ったのにもかかわらず,近視が治らなかったという苦情も発生している。

 また,オルソケラトロジーによる近視矯正は視力の変動を伴うので車の運転など,危険を伴う作業には不適切である。現在,日本でも一部の医師が実施している夜間就寝中のハードCL装用によるオルソケラトロジーは,昼間の装用よりも角膜への負担が大きく,短期的にも,長期的にも安全性が確立されていない。米国でも2002年8月に比較的軽度の近視眼のみに許可が下りたばかりであり,未成年者への処方に対しては,海外でも慎重で,とくに12歳未満の症例についてはほとんどデータはない。米国の臨床試験においても数多くの中止例が報告されている。

 現在用いられている オルソケラトロジー用のレンズは,角膜上で涙液交換が全く考慮されておらず,角膜に対して非常にタイトに処方するように設計されている。このようなレンズを夜間,就寝時に装用したとき,高率に角膜浮腫,結膜炎,角膜上皮障害,角膜血管新生,角膜内皮障害などが生ずることが危惧される。日本では オルソケラトロジーレンズに対して厚生労働省から医療用具としての許可は一切下りていない。オルソケラトロジーレンズを使用したオルソケラトロジーは,臨床的にまだ安全なものとはいえず,オルソケラトロジーレンズを医師が処方することは,その危険性を十分に認知した上で,慎重にしていただきたい。

 いずれにしてもCLは直接眼に触れるものであり,100%安全なCLというものはない。完璧とはいえないCLを安全に処方するためには,正しいCLとレンズケアの知識が必要であり,その点において,日本CL学会誌は原著論文だけではなく,CLケア教室,CL vs LASIK,知っておきたいCL合併症,CLバトルロイヤル,CLフィッティングケースパイケースなど,CL臨床にかかわる多くのインフォメーションを掲載しており,是非活用していただきたい。

(日本コンタクトレンズ学会誌 44巻2号 2002年 巻頭言より)